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雑草のような雑念と雑考

トーマス・マン『マリオと魔術師』

 実はこの不可思議な短編を読むきっかけはルカーチの『ドイツ文学小史』の一節にあった。

 権柄すくの、暴君的な催眠術にたいする最良のドイツ人たちのイデオロギー的・倫理的無防備の具膿的な曝露は、これまたトーマス・マンにおいて、ヒットラーの槽力獲得以前に、文學的序曲をもった。

 ルカーチは1930年の『マリオと魔術師』をこう評価していた。ヒトラー出現以前の独裁者の予兆がこの小説に現れている。そういう期待は裏切られなかった。

 マンとその一家は度々、イタリア旅行をしている。これはその体験をもとに、「イタリア」の避暑地を舞台にした奇妙な味の小説である。
 その眼目は魔術師である。
横柄な態度で大衆を煙に巻き人気を博する魔術的攪乱者の肖像は、どうもムッソリーニを彷彿させるようだ。1922年の政変でベニト・ムッソリーニは黒シャツ隊を率いて、政権を奪取しているからだ。
 政治的にも鋭敏な芸術家であるトーマス・マンはそこにきな臭さと胡散臭さを嗅ぎつけたであろうことは疑いを入れない。

 ということで、大道芸人で見栄をきりながら人心を収攬する「魔術師」の姿にこの最初のファシストの肖像はみごとに写像されているというのが、読後感である。


 マンの小品集は角川文庫の復刊モノであった。

マリオと魔術師―他一篇 (角川文庫)

マリオと魔術師―他一篇 (角川文庫)

 天才ルカーチ文学史は読み応え満点。小国ハンガリーユダヤ系であるからこそ、このような論述ができるのであろう。

ドイツ文学小史 (1951年) (岩波現代叢書)

ドイツ文学小史 (1951年) (岩波現代叢書)