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雑草のような雑念と雑考

伊豆の踊子と芸能民

 川端康成の『伊豆の踊子』は文豪のさわやかな初恋話と伊豆の自然みたいなノリで話されることが多い。
それはそれでいいのだけれど、ここでは大正時代までこうした芸能民が、近代人のなかに多く紛れ込んでいて、
それがいささかも不自然さがなかったことを不思議としておきたい。
 芸能民は漂泊し、その演芸はメディアが未発達な時代の娯楽であったし、遊芸であった。踊り子たちは被差別階級として蔑視されていながら、それを知りつつ主人公は恋心を抱くところが近代の特徴であり、何も始まらずに別れていくしかない宿命にあることを疑わずにいる登場人物たちは、封建制の名残を背負っているともいえる。

 不思議は、20世紀の日本にそうした漂泊民が芸能のたみとして、各地を放浪していたことだ。実在のモデルがいたに違いない踊り子の末路は誰もきにかけない。
 誰もルポしたことすらないのだ。ある意味、なんともうら悲しい小説であるまいか。


伊豆の踊子 (新潮文庫)

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