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チェーホフの『六号室』

 19世紀末のロシアは国家的混迷期にあったようです。ロマノフ王朝ツァーリの統治はほころびはじめており、社会のタガは緩みだしていました。
 短編の名手チェーホフが医師業の傍ら作品を発表しだしたのは、そうした時代です。文豪トルストイがその才幹を評価しまし、幸先いい滑り出しでした。

 『六号室』は帝政ロシア版「カッコーの巣の上で」といえるかもしれません。
ただ、お人好しで引っ込み思案のボンヤリした医者が狂人と語らううちに自分も狂人扱いされるというのが違いかもしれません。
 最後には病棟に投げ込まれ、撲殺されるという悲劇は共通でしょう。
 六号室は見かけは善良高邁な狂人が住まう病室であり、自分が閉じ込められる監房ともなるのです。
 レーニンはこの短編を読んで、直ちに部屋から出て行ったと伝えられています。いかにも行動の人らしい反応であります。
 細目は読んでいただくとして、主人公に共感するうちにいつ間にか、その御仁が異常と診断された挙句の果てに世間からのけ者にされるというのは、読者には不快でありながら異様な衝撃を与えるものです。

 言うまでも無いことですが、異常なのは世間の価値観や偏見なのです。異様な歪みが世間の方に生じていて、それが六号室という不条理となるのですね。

六号室

六号室