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雑草のような雑念と雑考

空海の空前絶後性

 日本の宗教史上、弘法大師空海ほどの人物はいない。
この人物ほど中国において、同時代的に高い評判を勝ち得た宗教者はいないし、ほとんど独力でひとつの論理的完全性と組織的堅固さをもつ教義と教団を生み出した宗祖もいないであろう。
 ほぼ無名の学僧から始まり、ほぼ徒手空拳(現代から回顧すればだ)で文化的周縁の日本から大陸に渡る。
 そして大帝国の首都長安において2年という短期間にして、一躍当時の最先端教団である真言密教と正当な後継者となりつつ、宮廷に関わる文士の世界で書の名人「五筆和尚」、四六駢儷体を華麗に駆使する文の達人としての名声を確立する。
 その間、大量の密教文献と法具を収集し、それを母国に持ち帰るべく周到な準備を行う。中国語を流暢に操るばかりではなく、恵可をして即座に継承者と認めされるほどのサンスクリット語に通じるという離れ業を演じる。

 つまりは、三蔵法師顔真卿阿倍仲麻呂を兼ね備えたような、常人には図り難い偉業を達成した、いやある意味それ以上だといえる。
 空海を開祖とする高野山金剛峯寺は、いまもその法灯を欠かさず、外界から隔離された孤高の聖地である。その一事をとっても史上への広汎な影響があり、今後もそれは継続するだろう。
 将来を見抜く偉大なる組織者であったわけだ。

密教というインド仏教の残り香はチベットと日本にみ存続する。その歴史は千年以上におよぶ。
 チベット自治区ポタラ宮殿にある伝統はダライ・ラマとともに中国大陸から放逐されてしまった今日、高野山金剛峰寺と比叡山延暦寺は過去からの松明のように法統を護持してきた貴重な遺産だ。叡山は信長による焼き討ちで昔日の面影はないかもしれないが、それでも聖なる場所であろう。
 要するに、密教の精神を保持した地所として高野山金剛峰寺は空海からのミレニアムな遺産であり、アジア精神の宝物庫である。

 9世紀に起きた空海という事件はほとんど比べるものがないほど他を絶して特異的であるとしか、自分には思えない。


【参考書】 一般向けながら硬派な検証をした空海

沙門空海 (ちくま学芸文庫)

沙門空海 (ちくま学芸文庫)