「目くそ、鼻くそを笑う」なぞというコトワザを先祖さまたちは残してくれたのだが、これは同族同士がどうでもいい差別化をすることを戒めている。
目くそは目やにが正式名称だろう。鼻くそは、やはり鼻くそなのだろう。英語ではbooger、nasal mucusとかいうらしい。調べてみても鼻くその丁寧語はピッタリなのはないようだ。
鼻のゴミがせいぜいか?
前にも書いたが、鼻くそがとれると鼻がスッキリする。目やにはそれほどすっきり感がない。耳垢もとれても、鼻くそほどすっきり感がないような気がする。
それらをどう比較すればいいだろう?
おそらく排出物の大きさと固さが影響しているというのが自分の仮説である。目垢、耳垢はいずれも乾燥して硬度がなく、小さめである。これに対して鼻くそは粘り気があり、大きい。
なぜ、大きいかというと「成長する」からであろう。さざれ石のようのうに周囲の粘液やゴミを収集しながら、大きくなるのではないか?
そういうわけで、鼻くそが排泄されると一方ならぬ開放感が得られるのであろう。
こうした観点で鼻くそを研究している専門家はいないのであろうか?