幸田露伴の「知々武紀行」を読んだ。
淡島寒月と二人で連れ添っての関東旅行である。明治時代の旅はそれほど文明化されてはいない。東京から熊谷までは鉄道だが、その先は歩きや馬車であっただろう。
露伴の生活は苦しいものだったらしく、文豪でありながら家族を養うために借金をするような毎日であった。大名旅行ではない。
彼にとっては親友の寒月との旅は心休まる慰安の旅であったろう。
なんといっても秩父である。墨田川の源流を尋ねる旅でもあったろう。
そして、幾つもの伝説や神社、とくに狼にまつわる神社と秩父三十八番をめぐる旅でもあった。武甲山の由来をうつらうつらと思いあぐねる文豪は身近な感じがする。
夏のさなかに秩父は避暑の旅でもあった。
しっかり橋立の鍾乳洞めぐりをしているのも自分としては嬉しかった。ここは縄文時代からの遺跡であり、聖地でもある。
それぞれの秩父があるのだ。