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雑草のような雑念と雑考

中里介山を読む

 『大菩薩峠』を現在進行形で読んでいる。
小説の発端からして異様な出だしである。いきなりお遍路風の老人が武士に斬り殺される。
子連れで江戸に向かう途中の老人を不条理にも斬り殺したのが主人公だ。そして、大菩薩峠での、この事件から大長編小説『大菩薩峠』が語り出されるのだ。
 主人公は机竜之助。甲源流の剣客であり、「音無しの構え」の使い手である。
物語は八王子あたりを発端にっして、幕末の八王子から御岳山、江戸、京都、大津、三輪山と全国を駆け回る。読者は机竜之助とともに幕末日本を旅することにもなる。

 それにしてもニヒルな剣客というので歴史小説界では著名な机竜之助は、21世紀の現代人の末人感覚からして、不気味だ。平気の平左でヒトを試し斬りする。かつての妻を斬殺する、試合の相手を突き殺す。そうしておいて、一向に気に病む風がないのだ。
 何これ? なのだ。
 それでいて、無惨な人斬り風情が人助けをするわ、女にもてるわ、新撰組になるわ、などなど社会をそれなりに渡り歩いてゆく。
 現代社会でありえない、というか、連続殺人犯の生き方のようなものだ。こんな人物が一時期は持て囃されたのは、時代の差としか言いようが無い。同じ人斬りであっても『宮本武蔵』とは全然異なる。吉川英治の武蔵は一種の教養小説で内的発展があった。こちらには無い。まさに武蔵のアンチテーゼなのだ。

 戦前に大菩薩峠記念館までおっ立つほどのベストセラーとなった。羽村市の郷土博物館に彼の遺品などは収蔵されている。
 田中智学や菊池寛も推薦するほどの小説であったというのは信じられないのだ。