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雑草のような雑念と雑考

歴史家の数学史

 シュペングラーは『西洋の没落』の第一章「数の意味」で数学史の暗示する文明の兆候というべきものを延々と述べている。
 著名な歴史家で総合的な歴史を扱う主著の冒頭に数学史を論じているのは、おそらくは彼一人だろう。ドイツのギムナジウムの校長風情と揶揄される由縁である。

 でもまあ、素人談義ながら、やはりドイツの骨太教養主義の豪快さは、東洋の末人である我らにも感じとれる。
 数学の取り扱いと文明の春夏秋冬が対比されている第一表「同時的」知性紀なるものを転記してみよう。
 この文明の春夏秋冬は興隆と衰退を表すシュペングラー流の有機体哲学の用語だ。

「春」 田舎的・直感的 目覚めつつある夢幻的な魂の巨大な創造。
神話と神殿、叙事詩と伝説の時代だ。宗教の始まりが魂の目覚めとなる。どの文明でも
「春」は300年としている。

「夏」成熟している意識。初期の都市市民的な活動。
宗教改革があり、合理主義的な思考が起きる。そして、数学の形成はここにある。
「世界形式の模写と総和としての数の構想」 デカルトニュートンフェルマの天才の世紀だ。
 期間は明示されていないが短いようだ。

「秋」大都市的な知性。厳密な知的形成力の頂点。
啓蒙主義や大きな体系が特徴。「数学思想の頂点」ということで創造性はピークとなる。オイラーやラグランジェの時代がそれだという。

「冬」世界都市的な文明。魂の形成力の消滅。生命自体が疑問となる。
唯物主義、功利主義、幸福の崇拝。数学的形式界の内的完成。ガウス、コーシー、リーマンは古典数学の完成者ということになる。

 比較文明の対象はエジプト、ギリシア・ローマ、アラビア、西洋文化である。
なんだか大法螺のような気もするけれど、面白い考えではある。
 それにしても、「21世紀」の数学はどう位置づけるのだろう。シュペングラー流にいうと西洋没落後の世界なのだろうけれど。

西洋の没落―世界史の形態学の素描〈第1巻〉形態と現実と

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