21世紀になってからだろうか、アメリカ人のハイクオリティな生活というものの闇が急速に拡大したように感じられる。ハイクオリティ&ハイリスクというのがUSAの生きかたになった。
有名な堤未果氏の立て続けのレポート(参考文献)は社会の底辺だけの報告ではないのだ。
医療システムがおかしくなった。USの医療費が高いのは有名であろう。中間層であっても民間の医療保険に加入していないと破産する可能性がある。
費用感は中立的なところで損保ジャパンのサイトを参照してください。
高度の医療サービスは高額所得者の特権というのが明確になっている。これを後押ししているのが、連邦政府及び州政府の新自由主義経済政策だろう。小さな政府で公共サービスは可能な限り民営化するわけだ。
この成果はアメリカ人の平均寿命の低下に現れている。コロナ流行での死亡者数もアメリカは先進国ナンバーワンであった。
医は仁術という言葉はアメリカでは死語ではなかろうか?
治療が社会にいきわたらないと慢性的に疫病が流行状態になる。栄養状態も衛生的な生活環境を同じだ。地域的にむらがあれば、劣悪な地域から病原菌やウィルスは拡散する。ポーの『赤死病の仮面』を思い出してほしい。医療格差は富裕層にも悪影響を及ぼすをことは自明ではないか?
公共教育も同じ状況にある。公共教育を担うチャータースクールは民間企業の熾烈な価格競争下におかれている。生徒の能力や個性は二の次で新興国からのリモート教師やデジタル教育で数百人の生徒を1名の教師が教育し管理するのが日常化しつつある。
個性や資質などはおおむね無視されるわけである。住んでいる地域により教育格差も歴然とする。
市場原理にもとづき民間教育産業は効率と利潤を追求するのだ。歴代大統領と閣僚は誰もがそれを当然と見なしてきた。
鈴木大裕氏の『崩壊するアメリカの公教育』はそれをつぶさに伝えてくれる。
もちろんエリート教育や富裕層向けの充実のプライベートスクールはそれはそれで大切であろう。しかしながら、公教育が劣化すればそれは全国民の足を引っ張ることになる。たとえば、陰謀論やフェーク情報の横行、それにワクチン拒否、薬物中毒蔓延などに合理的な行動を選択する理性と機会が若者から喪失してゆき、合理的な社会の維持が困難になる。まともな議論もできなくなる。それが「分断」の一因であろう。
言論の自由って最低限の常識があっての自由ではなかろうか?
ビンヤミン・アップルバウムが指摘しているように(偉大なる)レーガン大統領に開始した新自由主義政策は反転することなくアメリカの統治の隅々までいきわたった。
「小さな政府」に向けて公共サービスは民間企業に譲渡されてきた。医薬品メーカーや食料品メーカー、保険業界に加えて、教育産業もおおきな利権団体に加わった。政治家はそうしたロビイストのバックアップなしには選挙も政治活動もできない。国民の福祉や教育、健康は二の次にされがちとなる。
効率とコスト削減をすべてに優先する社会にむけて邁進しているのだ。GDPの2割が医療、3割が軍事、公教育もGDPにカウントされる高度な経済社会なのだ。
Brave New World! オルダス・ハクスレの社会がアメリカの目指すものなのか?
【参考文献】
市民生活全体と公共サービスが猛烈な市場原理に翻弄されたとみるのが正しい。



