井伏鱒二の『山椒魚』は国語の教科書にも採用されるなど知名度抜群の名作だ。
その発想の出処はチェーホフの短編「賭」だと著者自身語っている。原題も『幽閉』であった。チェーホフの作品は主人公が自ら「幽閉生活」を長い期間行えるかどうかという賭けが主題だった。
でも、興味深いのは、井伏がそれを日本の奥山に棲む小動物に置き換えたところ、
それに山椒魚と蛙の意地の張り合いに力点をおいたことだ。
井伏は広島県福山市の出身で、山釣りに親しんでいたことは知っている人も多いだろう。オオサンショウウオは西日本に多く、東日本は小型の外来種が生息している。
井伏もオオサンショウウオに渓流で遭遇したことは多々あったであろう。
実は、長野県で出土したいくつかの縄文土器にオオサンショウウオと蛙の争う場面が描かれている。
井伏の想像力とは別個の時間と空間で「山椒魚」の物語りがあった。縄文の人たちも山釣りをしていたであろう。畏怖すべき動物として蛙は中部地方の東側の土器にたびたび形象化されている。それにはやや劣るが山椒魚も土器のシンボルとしては存在感がある。
縄文の人びとの心象風景ではオオサンショウウオと蛙はパワフルな精霊であり、領地争いをしていたのであろうか?