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雑草のような雑念と雑考

「これまで人類は繁栄している。故に、これからも」という認知バイアスの典型 Fact Fullness

 
 信頼できる統計的なデータという反駁しがたい事実にもとづいて、人類は成功している。繁栄している。将来への不安というのは根も葉もないことだとロスリングとロンランドが主張した『ファクト・フルネス』は昨年の話題となった。
  10の思い込みを客観的なデータから反駁したのはお見事だ。しかしながら、この手の真実というのは都合のいい半分しか取り上げていないことが多い。
哲学者のホワイトヘッドが言うように「すべての真実は半分でしかない」のだ。
 そりゃあ、悲観論が根拠レスであれば、それに越したことはない。
 思い出してほしい。リーマンショックの直前、ニューヨーク株式市場は高値の連続で株主たちをウハウハさせていたのはなかっただろうか?
 バブル崩壊は唐突にやってくるといのは、一つの教訓でしかない。
 成功しているシステムほど、大きな崩壊が忍びよっている。ニコラス・タレブの「ブラックスワン」は金融市場の実態を指しているだけではないだろう。
 ロスリングとロンランドは「第5章 過大視本能 目の前の数字がいちばん重要だ」といいつつ、過去から現在までの情報を含めたグローバルな統計的データという「目の前の数字」で現在を判断しているのだ。つまり、彼らのFact Fullnessは認知バイアスそのものではないかと。
 言うまでもなく、我われは「後ろ向きに未来に」突入していく。だからこそ、あらゆる些細な予兆に注意しなくてはならないのでないか? 
 「グローバルな統計的データ」という全体の傾向は、重要な予兆や外れ値を平均値で塗りつぶしてしまう。
 例えば、ガイア・ヴィンス『人類が変えた地球 新時代アントロポセンに生きる』でルポしている事実はロスリングとロンランドの本では無関係な予兆ということで無視される。グレートバリアリーフの死滅などはロスリングとロンランドの眼中にない。
 ここで、注意してほしいのは、彼らが間違った事実を語っているとは自分は主張していないことだ。
 これまでの統計的事実が明日を語るのには不十分ではないかと言いたいだけなのだ。あるいは地球レベルの変動を語るのは、誰であろうと力不足だということなのだ(誰も認知バイアスから逃れられない!)。
 
 ガイア・ヴィンスのような人たちが指摘しているのは、アルプスやヒマラヤ山脈での氷河の消失、グレートバリアリーフのサンゴたちの死滅(あと数年だ)、アフリカ大陸の農地の4割は2025年迄に喪失するだろう...みたいな繁栄しているその足元の崩壊なのだ。
 
 「これまで人類は繁栄している。故に、これからも」という判断は、正しいのだろうか? あえて主張する価値があるのだろうか?
 人間の生活がおしなべて豊かになった。それは正しい。望ましい。それに対して、絶滅種が増え、森林面積が激減しており、海洋汚染が拡大しているのも事実である。
 繁栄を極めた現代文明という巨大なシステムを支える土台が、宇宙衛星から観測できる規模で崩壊しているのだが、これはFactではないのだろうか?
 満腹したことを I'm full. という。
 現状に不安を持つことなくロスの多い生活をエンジョイする満足した豚になり果てる危険性はFact Fullnessでお腹一杯の人たちを待ち受けていないだろうか?
 
【追記】
 乾燥化する穀倉地帯について、レスター・ブラウンが2019年に論文を書いている。
人類は「グローバルな水問題」に対処できるのか」によれば、地下の帯水層は世界のいたるところで水位を低下させている。たとえば、アメリカの穀倉地帯のオガララ帯水層は25年で枯渇する。そうなると海外需要どころかアメリカ国民の食糧需要も満たせなくなる。中国をふくめ、どの国でも対策が効いていないとブラウンも諦め口調である。
 水問題一つとっても手詰まりになりつつあるのに、現在までの繁栄を謳いそれが未来も続くと主張する「Fact Fullness」はアヘンのような書物ではなかろうか。※参照
 
【参考文献】

  世界の現状は繁栄しているし、右肩あがりです。それは正しいだろう。ロスリングらの指摘の通り、多くの人が贅沢と消費を享受しだした。そこに、危機の本質があるということだ。

 

 地球科学や古生物学者たちの研究者が提唱したアントロポセンは「人類の繁栄の残骸」が地層に保存されるほど大きな痕跡となるということだ。

 

  フランスの思想家たちが深く危機の予兆を語るのは無視できない。危機感は半世紀以上にわたって唱えられ、しかし、無為のままズルズルと2020年まで来てしまった。

 完全に無為無策とはいわぬが、それでも軍事やエアラインなどは環境問題の枠から外されるなど手抜きが多いことを指摘しているのは、この著者らだけだろう。

 

※水危機は別に環境論者レスター・ブラウンだけの特異な見解ではない。

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